なかほら牧場に行ってきました。
『しあわせの牛乳』を読んでからずっと行きたかった場所。
『しあわせの牛乳』の出版記念パーティに参加して、
中洞正さんと佐藤慧さんと安田奈津紀さんのお話を聞いてからずっと行きたかった場所。
そこはまるで桃源郷のような、自然との暮らしがありました。
しあわせの牛乳を読んで事前に予習はしていましたが、
中洞さんに会って実際にジープに乗りながら話を聞いて、
中洞さんが選んできた選択とそして今までの努力の結晶が、
この中洞牧場そのものであることがわかりました。
- 「しあわせの牛乳」の詳細はこちらより
- 中洞牧場の体験記はこちらより
中洞正さんの選んだ山地酪農
私たちの飲む90%以上の牛乳が、牛舎で飼われる牛から
現在私たちが飲む牛乳のほとんどが、牛舎で暮らしている牛のお乳です。
牛乳のパッケージには緑の芝の上でのどかに暮らす牛の写真が使われていたりしますが、あれはイメージであり、実際はほとんどが牛舎で暮らす牛の牛乳です。
私は牧場で2週間インターンをしたことがあるのですが、牛舎の中はほぼ身動きの取れない牛たちがたくさん暮らしています。
そこでご飯も食べるし、そこで排せつもするし、そこで出産もします。
中にいる牛は大地を踏みしめることもなく、青空を見ることもなく、毎日暮らします。
そのため、従業員の仕事は主に搾乳のほか、牛のエサやり、糞の掃除です。
拘束時間は朝4時、5時から夜8時くらいまで。
牛は人間の何倍もの食料を食べるし何倍もの排せつをします。
そのため、従業員の方はとっても重労働を強いられます。
草食系動物なのに、牛舎で暮らす牛が食べるのは、穀物です。
そのほうが乳量が出るからなのです。
濃厚な牛乳を出すのはジャージー牛なのに飼われている牛もホルスタイン。
そのほうが乳量が出るからなのです。
生まれてから1年半経って大人の牛になったら「種付け」といって人工的に受精して子供を産ませます。
牛乳は出産後の母牛から出るので出産をたくさんしてもらいます。
そのほうが乳量が出るからなのです。
そしてなぜ美味しい牛乳を出すより乳量が必要かというと、
買い取られるお乳のほとんどは量での計算で値段が決まるからということなのです。
どんなにおいしくても少ししか生産できないより、
あんまりおいしくなくてもたくさん生産できる。
そのために、現在の酪農の90%以上が牛舎で、穀物を食べ、ホルスタインを飼っているということです。
これは全国の酪農家さんのせいではありません。
そうでないと生きていけない、生計を立てられない生き方を経営の仕方を強いられてきたのです。
もしそれに反抗すれば牛乳を買い取ってもらえません。
美味しい牛乳をつくろうと乳量を下げたら生活していけない酪農家さんもたくさんいます。
戦後の日本の牛乳流通の形が、そのような環境を作ってきました。
牛乳を飲む人が増えてたくさんの牛乳が必要になりました。
安くてたくさんの牛乳を生産できるよう、経済効率を優先した近代農業が広まっていきました。
全国の酪農家さんは山地酪農という手段を取らずともエサにこだわったり掃除をこまめにして衛星管理を徹底したりなど創意工夫をしているところもたくさんあります。
しかし高く買い取ってもらうには乳量が必要なので経済的効率を優先しないといけない側面は確かに存在し、それは現在の酪農にとって「普通」となりました。
山地酪農という酪農
一方、山地酪農という酪農はその名の通り、山で酪農をします。
斜面があっても木が生い茂っても寒い冬でも暑い夏でも山で牛が過ごします。
牛はそこにある草を食べ、
山で排せつをして、
自然に妊娠して、
子供を産んだら子供と一緒に山で過ごします。
山地酪農では従業員は主に搾乳を行います。
エサやりや糞の掃除はしませんが、
その分牛が外に出たり他の害獣から身を守るための電気柵を管理したり、
牛が過ごしやすい山の環境を作ったりします。
そして搾乳の時間になると、「牛追い」といって搾乳場所に促します(これは特に山地酪農ならではで面白かった!(笑))。
草食動物なので、基本的に牛は山にある草を食べます。
乳量は少ないけれども乳脂肪が多く濃厚なジャージー牛を飼育することもあります。
妊娠は自然に牛がします。
牛は自由に山を駆け回り、
ボーっとしたり散歩したり、
広い山のどこでご飯を食べても広い山のどこで排せつをしてもいいのです。
牛にとって一番いい環境を追求した結果、山地酪農という形が取られました。
乳量はでないので高く買い取られません。
でもしあわせの牛からのとってもおいしい牛乳がいただけるのです。
中洞牧場はその牛に優しい環境でできたおいしい牛乳を消費者に直接販売しています。
中洞正さんと幸せな牛たちによる「アート」
なかほら牧場に行く前、「しあわせの牛乳」という本を読みました。
そこにはきれいな芝とかわいい牛が写っていて、どんなところなのか胸を弾ませると同時に、でも写真とった人がすごいんだろうなあと思っていたところもありました。(笑)
でも実際に行ってみると、そこはまさに桃源郷のような場所でした。
これはとってもうそのように聞こえるかもしれませんが(笑)、
きれいな芝と健康そうに暮らす牛、静かな山と心地いい日差し。
牛の住む山で寝そべると本当に心地よくてずっとここで暮らしたい!と感じました。
中洞正さんとジープに乗って山を探索すると、
本当にきれいな野シバ、様々な種の木、山のウェーブ、そして健康そうな牛たち。
それは正さんとしあわせな牛たちの作ったアート作品のようでした。感動!
ジープに乗りながら山のことや山地酪農のことを正さんが教えてくれました。
この作品は一人で意思をもって自分を信じてやってこられた正さんの努力の結晶でした。
牛にとっての人生とは
この世に生を受けて、寿命を全うして死ぬ。
私たちが牛乳をいただく牛たちはどのように人生を送っているのでしょうか。
乳量が優先される近代酪農では、乳量が出るために牛に無理を強います。
そして乳量が出なくなった日には屠殺されてお肉になります。
牛舎はスペースにも限りがあるので、乳量が出なくなった牛を飼うスペースがないからです。
経済的効率性を優先させるのみで牛にとっての人生は考えられることはありません。
牛舎で生まれて、牛舎で育って、角は小さいころに切られて焼かれ、大人になったらすぐに妊娠をし、出産したと思ったらまた妊娠をします。でる乳量が減ったら処分されます。
牛の人生、それを考えるともう少し牛にとっても人間にとってもいい方法はないのかなと考えちゃうところですよね、、
山地酪農はとっても手間がかかります。
経済的にはとっても効率的ではありません。
でも、牛にとってはとってもストレスフリーで健康的な人生が送れます。
しかもなかほら牧場の場合は、4つある牛の乳頭の内いくつかが出なくなっても屠殺することはありません。
1頭ちょっと牛乳がでにくい牛が山にいるだけなら別に大変じゃないからです。
アニマルウェルフェア第一号農場に認定されたなかほら牧場
アニマルウェルフェア(Animal Welfare:家畜福祉、以下 AW)とは、
『人間の用に供する家畜でも、死を迎えるまでは出来るだけストレスが少なく、行動要求が満たされた健康的な生活をさせよう』という畜産のあり方です。
欧州発の考え方で、日本では「動物福祉」または「家畜福祉」と訳されてきました。
アニマルウェルフェアとは
アニマルウェルフェア(Animal Welfare)とは、感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な生活ができる飼育方法をめざす畜産のあり方です。欧州発の考え方で、日本では「動物福祉」や「家畜福祉」と訳されてきました。(中略)家畜の劣悪な飼育環境を改善させ、ウェルフェア(満たされて生きる状態)を確立するために、次の「5つの自由」が定められました。
1.空腹と渇きからの自由
2.不快からの自由
3.痛みや傷、病気からの自由
4.正常な行動を発現する自由
5.恐怖や苦悩からの自由今では、「5つの自由」は家畜のみならず、人間の飼育下にあるペットや実験動物など、あらゆる動物のウェルフェアの基本として世界中で認められています。
なかほら牧場はこの第一号農場に認定されています!
時代に流されずにしっかりした考え方とポリシーとをもって人に何か言われたりしても自分を貫いてきた中洞正さんだからこその結果だと私は思います。
私たちが飲んでいる牛乳のこと
なかほら牧場では低温殺菌のため徹底した衛生管理がされています。
しかし、牛舎で暮らす牛たちは搾乳した後超高温殺菌がされています。
私たちの口に入る牛乳に大腸菌があったらNGだからです。
なかほら牧場の牛乳は徹底した衛生管理の上での低温殺菌でも大腸菌はでないのに、
牛舎で暮らす牛たちの牛乳は、大腸菌を出さないために超高温殺菌が必要なのはなぜなのでしょうか?
山と牛と牛乳と私たち人間の住む世界と
山地酪農は手間がかかり経済的にも効率的ではありませんが、
山のこと、牛のこと、牛乳のこと、私たち人間が暮らす世界のことを考えるととっても合理的で適した活動だということがわかります。
山は水を吸収します。
そのためには山の土壌や山の草木が水を保持しやすいような状態が好ましいです。
戦後の日本はたくさんの木材を生産するために針葉樹をたくさん植えました。
戦後復興のための木材需要に対応するためです。
広葉樹よりも少ない面積で育てることができ、真っすぐに伸び、比較的短い年数で育つ針葉樹が経済的効率を優先した考えのもと植えられました。
しかしながら短くして木材自由化が始まりました。
海外の安い木材が入ってくるとともに日本の木材は売れなくなりました。
林業従事者も赤字になり、日本の林業は衰退していきました。
大量に植えた針葉樹の間伐や手入れをする手間やお金がかけられず、放置されることとなりました。
その針葉樹林は現在もなお放置され続け、日本各地で針葉樹林が見られます。
森林を放置した結果、たくさんの環境問題を日本は抱えることになりました。
針葉樹林は根を深く張りません。
そのため、本来の森林の機能である水の保持を十分にすることができず、台風等の被害を受けたり、少しの雨のあとの土砂崩れが全国的に起こるようになりました。
日本の森林面積は全土の7割を占めます。
そのうちの多くの山が水を保持するという山ならではの機能を持っていないのです。
雨が降り、山が水を保持して、少しずつ水を供給する。
その水が川や海に流れて蒸発してまた雨が降る。
このサイクルが、人工的な植林や放置された手入れのせいで本来の機能をもたなく自然災害さえ起こすようになりました。
これは私たち人間にとって死活問題となってきているのです。
山に山本来の機能を発揮してもらうことが、いかに大切かということですね。
そして山地酪農は、
山と牛と牛乳と私たち人間の住む世界にとってとてもWin-Win-Win-Winな関係を築きます。
私たちはまず牛を山に放牧します。
牛たちは山を自由に駆け回り、好きな草を食べます。
食べるのも排せつをするのも自由に駆け回るのもお母さんと一緒に行動するのも自由です。
そしてほぼストレスフリーな牛からはおいしい牛乳が出ます。
牛が山の草を食べることで太陽が山肌にあたります。
そうすると野シバが生えます。
野シバは私たちが見ている部分だけでなく、その土中に根を長く張っていて、その根はお互いに複雑に絡み合っているため山肌を野シバの根が覆いつくすような形になります。
そうすると、大量に雨が降っても野シバとその土が水をしっかり吸収するとのことなのです!
野シバの吸水力には驚いた、と正さんもおっしゃっていました。
経済的効率のみを優先するのではなく、
牛のため、山のため、牛乳のためを考えることが結局めぐりめぐって私たち人間の住む世界を豊かで住みよいものにしてくれます。
台風で土砂災害が多発する現代において、山地酪農という手段がどれだけの可能性をもっているのか、私たちはこの機会にしっかり目を向けて考えてみて選択をする必要があります。
最後に
なかほら牧場の山地酪農を知ってから、
アニマルウェルフェアという考え方や水の循環、現在の自然災害、様々な問題や可能性が絡み合っているということがわかりました。
今だけじゃなくて未来にとってもいい環境になるように私たちが取りうる手段をとっていくべきなのですね。
まるで桃源郷のようなその牧場は、ただシンプルにすべてのものを大切にした結果でした。
私たち消費者ができるのは食べ物のことを知ることと何を食べるのかを選択をすることです。
普段口にするものがどのようなところからどのように生産されているのか、
それを知ったうえでどのようなものを選択していけばいいのかこの機会に考えてみるのもいいかもしれません。