こちらは、青年海外協力隊(JICA海外協力隊)にコミュニティ開発要員として参加する私が実際に出発する前に研修を受ける前に整理したコミュニティ開発についての記事です。
私の中のコミュニティ開発についての理解と、応募・選考時と、その職種を選んだうえでの心得などをまとめました。
ちょっと複雑?職種「コミュニティ開発」とは
青年海外協力隊の職種のひとつであるコミュニティ開発。
この職種は特定の資格はもとめられないし、要請によっては社会人経験なども問われないことが多く、他の職種と比較して少し変わった立場をとったりします。
派遣先からの要請も、同じ職種にもかかわらず土木系、農業系、生計向上系、観光系、インフラ系、環境系など様々。同じ職種なのに要請によって求められるスキルも変わってくるのです。
私の要請も観光4割の農業2割の生活向上2割の環境2割といったところでしょうか。
様々な知識や経験の幅が求められてしまいますね、、。
職種の技術顧問の先生は、事前の説明会で「住みよい暮らしをつくる」活動という言い方をしていました。
「住みよい暮らしをつくる」
簡単そうで難しい、。
住みよい暮らしをつくるには様々な問題解決が求められます。
そしてそのためにできることをするのがコミュニティ開発要員に求められていること。
「これ、やってね!!!」みたいなのがほとんどないのです。(と理解しています)
特定の資格が求められないということはそれ以外の何かを求められているということ。
柔軟性?バランス?異文化享受力?傾聴力?
例えば応募要請などにはコミュニティ開発要員に求められる力として
コミュニケーション力、ファシリテーション力、、などと書かれています。
特定の資格求められない~!いえ~い!!(´▽`)と言っている場合ではないのです。
そして特定の資格が求められないということはやるべきことの幅もひろいということ。その分成果が出しにくいということ。
住みよい暮らしをつくるために様々なことをすると思うのですが、おそらくそれが形になるのは、現地の人たちがきっかけをつかんで考えたり習慣化したり持続的に活動をしていくののその先にあるので、見えずらく、俺はこれをした!私はこんなことをした!って言いにくいんじゃないかな~って思います。
目に見える形で変化生めないかもしれないし、それがそこにいる人たち、コミュニティのひとたちの住みよい暮らしにつながるのは数年、数十年先かもしれません。
そういう意味で「成果が出しにくい」ということを挙げました。数字とか統計とかそういうんじゃ語れないんだと思います。
と、そういう風に理解しています。
これは私の理解ですが、おそらくコミュニティ開発という職種は人ぞれぞれに解釈と説明の仕方があった、「コレ!」というのはなさそう。
他のコミュニティ開発要員にコミュニティ開発ってどんな職種?って聞いたらまた違った答えが返ってくるかもしれません。
他の職種をあまり知らないので、協力隊だからの部分とコミュニティ開発だからの部分とおそらくごっちゃになって理解しちゃっているかもしれません。
でも青年海外協力隊と一言で言っても職種は様々あって、隊員によって、職種それぞれで合う合わないがあるんだろうなと、そんな風に思います。
応募時の要請の選択、選考時はどんな感じなの?
コミュニティ開発は、職種の名前だけではなにをやるのかよくわかりません。
先ほども述べたように、土木系、農業系、生計向上系、観光系、インフラ系、環境系など様々あるのです。
応募時の要請の選択
応募時、職種は一つしか選べないので「コミュニティ開発」を選びます。(2021年時点でその応募方法は変更されていて複数の希望が選べます)
でもその中での要請の幅は広いので、自分は農業系がいい!となれば農業系の職種、環境系がいい!となれば環境系の職種を選択すれば◎
そして要請に国も紐づいているので例えばアフリカで農業かなあと思えば、
ウガンダのネリカ米普及隊員、ルワンダのコーヒーの品質向上など好きな要請を選択すればOK。
もしくはコミュニティ開発であれば要請の内容はそこまでこだわらないけれどもどうしても中南米がいい!と思えば、
ドミニカ共和国の生計向上、ペルーの農業観光資源化など好きな要請を選択すればOK。
これらは第1希望から第3希望まで選べます。
選考時(応募書類と面接)
応募時の書類は1次の書類選考となります。
そのため、応募時に第1志望から第3志望まで要請を選ぶと思うのですが、コミュニティ開発隊員としてもしくはその要請の隊員としてその人の経験値、知識、技術力は足りるかをまず見られます。
そして1次選考に合格すると次は2次選考。
2次選考は健康診断と2種類の面接です。
2種類の面接とは、人物面接と技術面接があるのですが、
この人物面接というのは青年海外協力隊になるにふさわしいかの「人物」を見られます。そのため全ての職種で同様の面接が行われます。
一方、技術面接というのはその職種になるにふさわしいかの「技術力」を見られます。そのためそれぞれの職種で面接の内容が大きく異なります。
美術隊員だったらなんか作って持ってきて、みたいになっていたり、
看護隊員だったら特定の知識や経験を面接の場で問われたり。
他の職種の面接の詳細は分からないですが、たぶんそんな感じ。(笑)
そしてコミュニティ開発は面接時にこれ作って持ってきてとか、一問一答的なのはほとんどないと思うのですが、そのひとのこれまでの経験値から知識から考え方から希望から適性から、たぶんなんかいろんなところを技術としてみなして面接してくれます。
そのため、社会人経験がなくても、もしくは実務経験がなくても、もしくは特定の資格を持っていなくても、
生まれてから今日までの経験や知識や技術力が問われるということです。
実際に私も、いろいろなことを応募書類に書き留めていましたが、聞かれたのは
・大学生のときの観光人類学の経験
・社会人の際の周りとの接し方など
・要請に対し自分はどのようにアプローチをかけるか
上記のようなことを聞かれ、
自分の経験に基づいてこういう経験をしたし、こういう知識を付けたから、自分ができるのはこういうアプローチだと思うし、こういうやり方で現地で活動したい!
みたいに言った気がします。
面接のときに様々聞かれたのち、最終的にコミュニティ開発のどの要請になるのかが決まるのですが、
このとき、もし第3希望までに入らなかった場合、あなたにふさわしいとされる要請が割り当てられて合格となる場合があります。そのときに、コミュニティ開発という性質上、すこし希望とはずれた要請になる可能性もあります。
例えばコミュニティ開発の農業系の隊員が良かったのに全然畑の異なるインフラ系の要請になっちゃった!とか。
(例えば職種が「サッカー」とか「小学校教師」とかだったら、国は違っても「サッカーをやること」や「学校で働くこと」はどんな要請であっても決まっているので現地で行うことにそこまで大きな差はでないかもですが、コミュニティ開発はそういう意味ではかなり幅があるのです)
コミュニティ開発の配属先は国際NGOもあれば現地のローカルNGOもあるし、町役場もあれば農家の生産組合もあるし、省庁などもあります。配属先からしてまず様々なのです。
そういう意味でも要請の選び方や面接でしっかり自分の希望を伝えることが重要になってきそうですね。
コミュニティ開発隊員としての心得と考え方(合格時編)
この心得と考え方というのはたぶん①合格してから、②様々な研修を受けてからそして訓練を受けてから、③現地に行ってから、④帰ってきてから、で多様に異なると思います。
もがき苦しみ考えたのちに答えが出たりでなかったりすると思うんです。
それくらい青年海外協力隊の活動って一枚岩では語れないし短期的にも語れないし、人生をかけて、この活動に意味を見出すのかなと。
そのため、節目節目で自分の立ち位置について、自分がその時思ったことを記していきたいのです。そのときの思いを忘れたくない。
だからいくつかの○○編にわけてそういうのは書いていきますね。
そしてこの心得や考え、これはあくまで私の考えです。
合格時、私はとっても嬉しかった。
念願の青年海外協力隊に、そしてコミュニティ開発に、そして第一希望の要請に、受かった!と。念願でした。
青年海外協力隊になりたいと思ってから、実際に応募するまで10年かかりました。長かった。
たくさんのことを考えて、自分と向き合って、最終的にでもやっぱり青年海外協力隊にならないとこの人生は終われない、そう思って受けました。
そしてその当時国際協力師にあるべき姿について
・大学の時に参加した国際開発の講義で問われていた青年海外協力隊の参加の仕方
・カンボジアのスタディツアーへの参加
・観光人類学を研究してカナダの先住民のマイノリティ社会にフィールドワークした経験
・文化人類学のゼミに入って様々な文化や社会に触れた経験
そのような経験からしか考えることができませんでした。
そしてそのような経験から考えていたのは
・独りよがりにならない活動
・現地のために行う活動
をしよう。
そして自分の現地の入り方は文化人類学で学んだ現地住民との接し方を活かそう。
そんな感じで考えていました。
学生を卒業してから3年間は民間企業で働いていましたが、働く内容や仕事に対しては楽しく一生懸命向き合う傍ら、部署の人数は10人弱で他の部署ともあまり交流のない場所にいたため、ある意味とても狭い世界にいました。
自分の当たり前が少しずつ変わっていて、考え方やものの見方がどんどん狭くなっていっているようで、そんな自分が嫌で仕方なかった時期でした。
このブログを書く現在は、会社を辞めてから協力隊の研修等を受けるまでの期間です。
もっと視野を広げよう。3年間で狭くなった(?)視野をもっと広げて様々な意見に耳を傾けられるように様々な場所に足を運ぼう、を協力隊として任地に行くまでの1年間の抱負としました。
コミュニティ開発隊員としてより一層の自覚が芽生えるのはこれから様々な研修や訓練を終えてからのような気がします。
いろんな研修を経て、自分がコミュニティ開発隊員として心得や考え方がどう変化していくのか、そういったところもできたら書き留めていきたいなと思います。
まずは合格してから研修を受ける現在までの自分の考え方はこんな感じです。ご一読ありがとうございました。!!