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カナダの先住民ツーリズムが 私に教えてくれたこと

大学生の時にその世界観に魅せられて訪れたカナダで出会ったカナダの先住民、ファーストネーションズと呼ばれる方々。「~ズ」とついているのは、それは民族名ではないからで、本当は多くの民族がそれぞれの文化を維持継承して過ごしてきた。

私が出会ったのは、ヌートカの女性と、クワクワカワクゥの家族。彼らが行うその「観光」に参加したのだった。

先住民族は、それまで住んでいた土地を追われ、主流社会に飲み込まれていった民族も多い。その中で言葉、習慣、暮らし、伝統が維持できなくなり、アイデンティティを維持するのも困難だった。土地を奪われ、権利を奪われた先住民族は先住民運動などを繰り広げ、本来あってしかるべきはずの自らの権利を訴え主張してきた。

国際社会で取り上げられる「先住民運動」といえば、国際会議などでの権利主張などであるが、私は訪れたカナダ先住民のツーリズムに、その可能性を見出したのだった。

私が観光をあきらめきれない理由。観光に惚れる理由。

それは、人々の柔らかい部分から、「本当に伝えたいこと」を伝えられるからである。「自分が」、「自分で」。そこに、観光の可能性とすばらしさがあると、今でも思っている。

旅をする人は、多くは入ってくる情報に対して無防備だ。柔らかいインフォーマルな入り口は、人の心の困難さを取り除いてくれる。そこに入り込む「誰かの伝えたいこと」。それはテレビなどのメディアを通じて知りえるものとは色を大きく違えた、本当の声となる。

 

カナダでであった先住民の女性は、彼女の民族の伝統的なカヌーに私たちを乗せ、みんなでパドルを必死に漕いで、彼らにとって特別な、とある森(島)に連れて行ってくれた。途中歌を歌ったり、彼らの歴史を教えてくれた。

森に入って散策しながらレッドシダーの木を見たり、木の実を食べたりした。「先住民の暮らし」を彼らの口で、教えてくれたのだった。

私が訪れたのは、カナダのバンクーバーから船に乗ってたどり着く、バンクーバー島。九州の2倍くらいの大きさのその島は、サーフィンや釣りでも多くの観光客が訪れる。一方で、先住民が今も多くの暮らしを維持している島でもあり、彼らにとっての大事な島であることがわかる。

彼女のツアーに参加して、カナダ先住民の暮らしをもっと知りたいと思ったし、いろんな歴史の中で大変な思いをしてきたと思うけれど、そんな部分も実際に話してもらって具体的にイメージできた。文献や事前の調査だけではわからないいろんなことを知ることができた。簡単に言うと、私は彼女たちのファンになったのだ。

 

遠くの遠くのどこかで起きていること。自分にかかわりがあるのかないのかわからないくらい、遠いどこかで誰かが頑張っていること。

そういったものを知るきっかけとは、どんなものがあるのだろう。

私は、観光こそ、一つの伝える手段であり、伝えたいことがある人こそ、観光を巻き込んでいけばいいと思う。「自分が」伝える。これが何よりも、大切なのではないかと。

観光とは、いわばファンづくりである。それは今回の場合で言えばソフトな形での先住民運動となるのではないかと思った。

遠くの誰かが、身近な知り合いになること。

知らなかったことを本人の口から聞くこと。

それらは、何かを本当の意味で理解することに役立つ。実際に見て聞いて訪れて。何もメディアを介さずに行われるその手法は、権力がなくても偉い人でなくても叶えられる。そこに、一つの可能性があるのではないかと、私は信じて動きたい。

 

ちなみに、私がカナダへ行くきっかけになった田中千恵さんの著書、「ウィ・ラ・モラ」です。

カナダ先住民の世界観が生きるカナダの大地でめぐるオオカミ犬ウルフィーとの旅路が描かれています。